氷河が自らの重みで削りとった、
お椀型の地形、カール。
カールごしに仙丈小屋がみえたら、
頂上はもうすぐだよ。



頂上が見えた。
最後の力を振り絞る。



ゆっくりと腰を下ろした。
何も見えなくとも、それは
気持ちの良い瞬間だった。



晴れていたら感動的な世界があったのだろう。
でも次登って晴れたら、喜びは2倍さ。



さあ降りよう。
また登るために。



花は知っている。
咲くためには、明るい場所に目を向けることを。



枯葉は知っている。
だれでも枯葉になることを。



弾けては消える、川のしぶき。
絶え間なく聞こえる、水の音。
浸した手に伝わる、その冷たさに、
少年時代の思い出が、蘇った。



今日はよく歩いたね。
家に帰ろう。
お風呂と冷たい麦茶と、おいしいご飯を食べよう。



登山帰りの高速道路。
フロントガラスに雫がたまる。
一つ一つが山のように、人のように。
  
30歳を越えた。
結婚もした。
峠はまだ先なのか、もう過ぎてしまったのか。
旅先から地元へ戻ると、余計なことを考えてしまう。
  
だが考えることはやめたくない。ならば、
旅を続けるしかないだろう。



あとがき 南アルプス・仙丈ヶ岳の稜線を歩く旅 白き頂上

 

白い世界に、一本の道が見える。
歩いても歩いても同じ景色だ。
振り返ると、来た道は霧で消えている。
汗をぬぐい、ただひたすら前へと進む、無限の時間。
 
それは、まるで夢の中をさまよう登山だった。
天候が悪化した仙丈ヶ岳の稜線では、
すれ違う下山者のお爺さんが、
霧の中から突然現れては、後方に消えていった。
 
そういえば祖父には会ったことがない。
私が生まれる前に、2人とも亡くなっていたからだ。
一度はおじいちゃんという人に会ってみたかったが、
2人のおじいちゃんは、孫である私に
会ってみたかったであろうか?
 
やがて仙丈ヶ岳の白き頂上に立った。
何も見えないし、何も聞こえないけど、
やり遂げた充実感に満たされ、幸せでもあった。
 
旅は楽しい。
旅は違う世界へと誘う。
この世に、生を受けれたことをご先祖に感謝し、
もっと色々な旅をしていきたいと、白き頂上で思った。
 
 
 
――― 南アルプス・仙丈ヶ岳の稜線を歩く旅 白き頂上 全35ページ 完