そして甲板の人々は、思い思いに過ごした。



輝ける白い粒に目を細めた。



助けたいという思いは、
全ての人間に備わった機能。



海は人間を生んでくれた親なのだから、
時として理不尽な思いもするけれど、
多くの時間は感謝しています。



やがて日は沈む。
それは何億年も繰り返されて来た儀式。



辛い事があったらフェリーに乗って夕日を見ればよい。
苦しい記憶は逆光で見えないし、
悲しい声は波の音で聞こえない。



消えゆく一日が放つ、
最後の魔法。



全てを黄金色に染め上げて、
太陽はこの地を出て行った。



月に追われるようにフェリーは進む。



再び私たちが来る事を、あなたは望んでいますか。



月と夕日を背に、船は東へと進む。
誰もいない海を抜け、
次の新しい世界、松山に向かって。



あとがき 九州列車旅 博多駅ー大分駅

 

「電車」と「列車」では心への響き方が違うかと思う。
「汽車」だったらもっと違うかもしれない。
同じ移動機関なのに言い方だけでこうも違ってくるのは、
この乗り物と共に歩んだ、歴史と思い出があるからだろう。
 
博多駅から大分駅へは、まさに「列車」旅と呼ぶのにふさわしい時間だった。
駅で買ったお弁当を食べながら、流れる豊前の町並みを眺めていると、
その昔、母と電車で登山にいった時の、車内がよみがえる。
あの時の手作り弁当は美味しかったなとか、
父は仕事で来れなかったのが少しさびしかったなとか、
今はもう、母はあの山には登れないだろうとか、
様々な思いが交錯しては、景色とともに後方へ流れてゆく。
 
普段は思い出しもしない過去が、旅という非日常の助けを借りて
ノスタルジックに蘇らせてくれるのが、列車旅だ。
 
やがて青い、瀬戸内海が見えた。
列車はレールの上を進み続ける。
様々な人と、思い出を乗せて。
 
 
 
――― 九州列車旅 博多駅ー大分駅 全48ページ 完